六会地区のあゆみ

明治11年(1878年)、大区小区制の廃止と郡区町村編制法によって、亀井野、西俣野、石川、円行、今田、下土棚の六ヶ村組合が設立され、明治22年(1889年)、市制町村制の施行により六会村が誕生しました。
以後、約55年間村政が維持、運営されたが、大東亜戦争開戦の翌年の昭和17年3月10日、藤沢市と合併した。
当時、六会村の人口は4,996人、戸数799戸、面積23.97平方キロであり、また職業内訳は、農業570、工業2,商業140、公務自由業24、その他63で農業中心の地域であった。
初夏市、昭和30年代の工場誘致などを契機に、北部開発、六会・石川東部土地区画整理事業の進捗と小田急湘南台駅の開設に伴い急激に都市化が進み、
農村型から都市型へ移行しつつある。
この間、昭和47年に下土棚が長後地区へ、平成元年に今田・円行の両地区が湘南台地区へそれぞれ移行され、現在の人口は約26,000人、世帯数、約9,300世帯となっている。

六会地区は、亀井野、西俣野、石川、天神町と今田、円行の一部となり現在に至っています。


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